|
Vol.014 2008.12.14
|
恒例の今年の漢字は「変」となりました。アメリカはCHANGE変革を選択しました。日本は変わらなきゃと思いながら、変われない事が、返って変になっています。先日、新幹線0系(通称団子鼻)の初代新幹線が最後の運行を遂げました。特別列車的には走る機会はあるそうですが、定期運行はこれで最後とのことです。新幹線は日本の高度成長期の象徴です。その象徴が今年の「変」と共に終焉するのも感慨深いものですね。師走になり連日の報道は、ダメな総理の再度ダメだし。変化に乏しい政策に対しても全く皮膚感覚がない。何故このようになってしまったのか先程の0系新幹線で思い出した事がありました。私の小さい頃のエピソードですが極端な例かもしれませんが、今日本が抱える問題の根底にある事に繋がるかと思います。
『ツービック・ツーフェイル(大きすぎ潰せない)』
先週アメリカ上院にて、アメリカ自動車メーカーBIC3への支援法案は否決されました。
雇用の裾野や関わる下請け関連への影響を考えると、所謂、ツービック・ツーフェイル(大きすぎ潰せない)との判断からの支援要請です。もちろん目先では、このBIC3の破綻はかなりの影響があると思います。大きな痛みも伴う事は当然です。しかし、一時的にカンフル剤を投与して延命処置をした所で、根本的な改善が図れない限りは、更に追加支援をすることになります。自由主義経済の象徴である、アメリカがこの選択をすれば資本主義経済事態を否定することになります。市場原理主義であれば、BIC3は退場を宣告されているのですから。
この過保護政策をすることが、大きすぎて潰せないの大儀さえあれば、何でも出来てしまいます。殆どの中小零細では、経営者が連帯保証を余儀なくされて、破綻をすれば、すべてを失います。しかし、BIC3の経営者は具体的な方向性も示せずに、自家用飛行機で、懇願にくる始末です。確かに経済への影響はかなりあると思います。日本への影響もかなりあるでしょう。しかし、ここで膿をだすべく痛みを伴う処置をしなければ、痛みは永遠と続きます。
話は戻りますが、私の小さい頃の新幹線0系のエピソードをお話します。私の親父の実家は愛知県知立市と言う所で、小さい頃夏休みになると、愛知の祖父の家に遊びに行ってました。小学校3年の時に、最初は親と一緒に愛知まで連れて行ってもらい、帰りは一人で帰ったり迎えが来たりの感じでした。小学校3年の夏休みに、いつも通り行きは親と弟と共に新幹線こだま号で名古屋の手前にある、豊橋駅まで向かいます。その豊橋から名鉄線で知立駅まで向かう旅でした。
当時、東京からのお土産はひよこのお菓子や、文明堂のカステラなどが主でしたがうちの親はかたくなに自身が好きなブランドに拘るため、横浜の崎陽軒のシュウマイをお土産に持参してました。それまでは、どこで買っていたのかは知りませんが、その3年生の夏休みに、親から頼まれました。新横浜駅のホームで崎陽軒のシュウマイを買ってくると言う命題です。確か千円札を握り締めて、ホームの売店のおばちゃんに必死に買い求めて行きました。
ただ、この新横浜駅は停車時間は1分と言う苛酷なタイムスケジュールの中、自分が降りた車輌から売店までの距離がかなりありました。そんな計算が出来ない子供でしたのでギリギリ買ったは良いですが、元の降りた車輌のドアーまで戻ろうとしたため、結果的に乗り遅れてしまいました。まぁここまでの話は良くある話かもしれません。ここからが我が親のある意味モンスターペアレンツです。乗り遅れた私は、当然切符も持っていません。途方に暮れた私を駅員さんが事情を把握してくれて、次の車輌に乗せてくれました。
そして、恐らく目的地の豊橋駅に連絡をしてくれて、多分そこで親が待っているとの判断で豊橋駅まで乗せてくれたのです。不安な子供に対して、駅員さんはジュースやお菓子をくれたり到着駅まで何度も見に来てくれました。そして、豊橋駅に到着しましたが、なんと、親は駅には待っていません。困った駅員さんは、今度は名鉄の駅員さんい引き継いでくれて、同様に知立駅まで乗せてくれました。またまた、知立駅でも待っていないため、駅から祖父の家までは何度も遊びに行っていたため、何とか無事に祖父の家に辿り着いたのです。
そして、ようやく到着した我が子に対して開口一番「あっ来た来たシューマイは?」なんて親でしょうか。子供の心配の前にシューマイの心配です。私が何故この話を思い出して、書こうと思ったのは当時は子供の数も多く、ある意味かまってられない、殆ど放置プレーです。ただ、そんな環境で育ったため自然と自立心と言うか、冒険心やその困難な場面でも、人の有り難味や自立心が自然と養われたのかもしれません。その後の私がどう育ったかはご想像にお任せしますが昨今の過保護な親からは、混沌とした時代を切り開くマインドを持った人間が育たない環境なのかと言うことです。
わたしの事例が普通とは思いませんが、過保護にした人間も企業も、真の意味での強さは養われない即ち、自立して生き抜く事が出来ないのです。かつての日本は戦後復興を旗印に、皆が情熱を持って一丸となって邁進していました。その中には、保護された国が自立出来るはずがないと暗黙で理解をしていました。今、戦後60年が経過して、あらゆる事に制度疲労が起きている中保護された者には未来が無いことは証明されています。この苦境を乗り越えるには、新幹線0系が日本の希望の光だった頃のように、熱い情熱を持って突き進む気概が不可欠であることは間違いありません。
believe in yourself〜自分を信じて諦めない〜
|
株式会社 トーナンコーポレーション
〒190-0031 東京都立川市砂川町2-36-13 TEL.042-538-1750 FAX.042-534-0130